top of page
top_bnr01.png

STAFF

インタビュー

​吉田 成章

准教授

専門分野:教育方法学

趣味:映画鑑賞、サッカー

好きなもの:ラーメン、カレー、ハンバーグ、ハンバーグカレー 

東広島のお気に入りのお店:ゆめタウン

吉田成章01.png

研究内容

学校制度、カリキュラム、教授法を一体的に捉える教育方法の探究が研究テーマ。「すべての子どもたちに等しい教育」のあり方を模索してきた「東ドイツ教授学の歴史的評価」をテーマに学位論文を執筆し、教育方法学の研究者として着任した後は、学校の校内研修・授業研究、学校カリキュラムの研究、ドイツの研究者との授業についての共同研究、教員養成・教師教育・教師教育者養成を一体的に捉える「教職の高度化」に取り組む。 

主な研究論文・著書

・「『真正の学び』を組織する学習集団の授業づくり―関係認識を問うことによる学力の形成―」, 広島大学附属小学校学校教育研究会編,『学校研究』第1256号, 2022年, 22-29頁。 

・「ドイツとの授業の比較検討による日本の授業研究の海外展開の可能性と課題」, 日本教育学会編『教育学研究』, 86巻, 4号, 2019年, 107-120頁。 

・『ドイツ統一と教授学の再編―東ドイツ教授学の歴史的評価―』, 広島大学出版会, 2011年。 

インタビュアー:安藤和久(大学院博士課程後期2年)、菊池健太(学部4年生)

​       ※インタビューを実施した2021年度の学年

​教育方法学との出会い

~恩師と、テキストと、学問探究に出会って~

安藤 和久:

教育について考えたい勉強したいって思ったとしても、そのまま教育学者になろうとはすぐにはならないとは思うんですけど、どのように決められたのですか? 

 

吉田 成章:

順番としては逆かな。もともと博士課程後期まで行くことを前提に進路を考えていて、研究者になろう、研究しようというのを前提に、何を研究しようか、分野を選ばなくちゃと思って選んだのが教育学だった。両親2人とも博士課程後期をでていたから、そこまで行くことが普通だという認識で高校時代から進路を考えてきた。良くも悪くも。 

安藤 和久:

ゆくゆくは博士課程後期を出て、研究者になるという前提で、なんですね。 

 

吉田 成章:

哲学など他の分野で興味がある分野はたくさんあったけれど、結局は、どの分野を選んでも、「人間とは何か」、「生きるとは何か」ということの探究につながるんだろうと思った。追究したいテーマの探究は一生涯かかるだろうし、一生涯を捧げても見いだしたい真理・真実までたどり着かないかもしれない。それなら、なるだけ真理探究に近いと思える場所、研究そのものを職業とする人生にしてみたいという思いはあった。 

 

安藤 和久:

研究者になる流れとしては、普通は逆ということも多いと思うのですが。教育学の中でも教育方法学を研究領域としたのはどうしてですか。 

 

吉田 成章:

そうだね、普通は研究していて面白くて、研究者に進んだっていうのが普通だよね。そういう意味では、自分のように先に研究者になることを決めてから研究の道を選ぶというのは、邪道かな。 

 

高校生のときに参加したオープンキャンパスで、坂越正樹先生(1998年当時の教育学部教育学科教授)が、教育学科(現教育学系コース)には10の研究室があるって説明してくださったんだけど、そこで「教育方法学」っていうのが出た時点で、「教育方法学しかない!」と思って、そこからまったく悩んでない。その時は、本当に安直に、教育について考えるのであれば、何をいかに教えるのかを考えたいという直感でしかなかった。 

 

安藤 和久:

それでは、大学に入ってみて、いざ深澤広明先生(広島大学名誉教授、入学当時の教育方法学の助教授)や中野和光先生(福岡教育大学名誉教授、M1の時に教育方法学の教授として着任)と出会ってからはどうだったんですか? 

 

吉田 成章:

吉本均先生(広島大学名誉教授、中野和光・深澤広明両先生の恩師)の著書を高校時代に図書館で借りて読んでいたから、深澤先生が吉本先生の教え子っていうことは知っていたし、大学入学して最初の前期にとった「現代教授学」講義(深澤先生担当)のテキストが『思考し問答する学習集団』(吉本均著、明治図書、1996年)だった。毎週の講義の担当章を読み込んで、線入れや書き込みをしまくって、自分なりの各章の要約もつくって、毎回の講義に臨んだ。そこでの深澤先生の講義が、自分の知的関心のど真ん中をえぐってくださって、安直に「教育方法について研究したい」としか思っていなかった自分の関心を、広く深くゆさぶった。その講義を受けてから、「これだ!深澤先生、この人だ!」って確信をして、そこから自分自身の進路(教育方法学研究室所属、大学院進学)は全く悩まなかった。 

​教育方法学の魅力

~教育の思想・哲学をベースに具体的な「教育方法」を提案する~

菊池 健太:

学問分野の魅力、教育方法学の魅力についてお伺いしたいのですが。 

 

吉田 成章:

この質問ね、どう答えるか、悩むよね(一同笑)。 

 

安藤 和久:

僕が吉田先生のお言葉で好きなのは、「すべての子どもたちに等しい教育を」、です。これはどういう意味が込められた言葉なのでしょうか。 

 

吉田 成章:

まず、「すべての子どもたちに等しい教育を」というのは、ある種の「幻想」だと気がつくことから始まるのが、研究だと思う。「すべての子どもたちに等しい教育を」とはいっても、結局、どんな教育を?っていうことになるから、その問いに研究者としてどうアプローチできるか、ということになる。 

 

安藤さんのようにイエナプランを研究するという人もいれば、菊池さんのように授業評価論から迫る人もいれば、僕のように「東ドイツ教授学の歴史的評価」という一見すると遠回りな迫り方をする人もいる。 

 

「ドイツ」を研究対象・比較軸に選んでいる時点で、日本の教育だけを直接の対象としないという意味である程度は遠回りになることは当然なんだけれど、どんなに遠回りしているようでも、結局どんな教育を提供するのか、という話に収斂(しゅうれん)するということが、教育方法学分野の魅力だ、と思っている。 

 

そうでない領域やアプローチが魅力的でない、というわけではないから、純粋に教育方法学分野「だけ」の魅力としてアピールするつもりはない。 

 

菊池 健太:

「すべての子どもたちに等しい教育を」という理念・思想は、教育方法学に興味を持ったときから持っていたものですか? 

 

吉田 成章:

たぶん、そうだと思う。おそらく高校生のときも学部生のときも、きっとそれぞれの段階で意識のどこかにはあったんだろうけど、ただ、それを言語化できたのは博士課程後期2年生のときかな。学位論文の計画審査のための発表レジュメのご指導を中野先生にいただいた時に、「吉田くんは、なぜ東ドイツの教授学の研究をするのか?」って聞かれて、すぐには応えられなかった。 

 

学部3年生で教育方法学研究室に入って、前期は吉本先生の『教室の人間学』(明治図書、1994年)を同級生の3年生5名でゼミで読んで、卒業研究のテーマの相談に伺った時に深澤先生に一冊のドイツ語の本(東ドイツ教授学者ローター・クリングベルクLothar Klingbergの本)を渡されて、「あなたの研究関心であれば、この本を読んで、『教える―学ぶの関係性』をテーマにしてみるとよい」とご指導していただいた。3年生の9月だったと思う。 

 

博士課程前期もそのクリングベルクの教授学研究を対象に、「教える―学ぶの関係性」というテーマで研究を進めてきた。博士課程後期は、東ドイツの教授学者であったクリングベルク教授学をより広い文脈で意味づけた方がよいというご指導もいただいて、「東ドイツ教授学の歴史的評価」を研究テーマとしていた。 

 

そんな中、計画審査のご指導をいただく段階になって、「なぜ、東ドイツ教授学か?」と言われて、ものすごく考えた。一週間ぐらい、色々な本を読んで、色々な経験(被教育経験や授業研究での経験、学会での経験など)を思い出して、何を研究したいのか、なぜ研究したいのか、「学位論文の執筆や研究者になることはゴールではないはず……」、「教育方法学を研究するってどういうことだろう……」、「深澤先生に連れて行っていただく授業研究で、自分は何を見ているのだろう……」と色々なことを考えた。その当時にカーステレオで聴いていた曲は、いつ聴いても、その当時の苦悩の一週間を思い出す(笑)。 

 

結局、一週間後に中野先生の研究室のソファに座って、悩んだ結果をレジュメとともにお話しさせていただいた。「授業研究で授業を見に行っても、いつも気になる子どもがいる。なぜ気になるのか、気になったからどうしたいのか、何ができるのかはまだわからない。それでも、すべての子どもに、学んで楽しいと思える授業を提供する、すべての子どもに等しい教育を提供する、そういうある種の理想的な教育の体系を社会主義体制という特殊な文脈の中で模索し、国家の崩壊(東西ドイツの統一)へと至った東ドイツの教授学を、いま、どう評価することができるのかを研究したい」といったような趣旨で中野先生の問いにお応えしたと思う。中野先生はすぐに、「吉田くん、それなら、学校制度・カリキュラム・教授法を一体的に提起してきた東ドイツ教授学に向き合ってみるのはよいと思うよ。」と言ってくださった。この時に、教育方法学研究者としてのスタンスが固まったと思うし、このご指導がなければ、論文は書ける、研究で飯は食えるけど、「教育方法学研究者」ではいられなかったと思う。 

 

安藤 和久:

こういう「なぜ教育学を」といった問いへの自分なりの答えは、やっぱり、すぐには言葉にはできなくて、じっくり時間をかけてあとから言語化されるものですか。 

 

吉田 成章:

そうだね、博士課程後期2年生くらいで言語化できてくるんじゃないかと、僕の経験では思う。もちろん、時期やタイミングやきっかけは人によって全く違うと思うけど、でも、言語化できないまま研究したり、実践したりしていると、きつくなるよね。ちょうどあなた(安藤さん)も、その段階をくぐりぬけたところだよね。 

 

安藤 和久:

それまではなんとなく、教育学って、なんか自分に合いそうだなという感じでここ(博士課程後期)までくることはできますけど、自分の研究者としてのスタンスを決めるときに、しっかり言語化するというのは大事ですよね。 

 

吉田 成章:

一般的に考えて、人間にとって「教育」が大事だということは間違いない。主観的に見ても客観的に見ても、あなた(私)の人生も大事というのも疑いの余地はない。でも、「あなた(私)」に「教育」の研究をしてもらう動機は、他の人にはない。他ならぬ「あなた(私)」が、他ならぬ「教育」の研究をする、それはなぜか、って。大事な「あなた(私)」の人生、あなたがやりたいことをやればいい。みんなにとって大事な「教育」は、場合によっては「あなた(私)」がいなくても営まれている。それでも、なぜ、「あなた(私)」は「教育」に携わろうとするのか、っていうことだもんね。 

 

これは、教育方法学だけではなく、教育学すべてにあてはまるだろうし、研究者だけではなくすべての教育関係者にあてはまるのだと思う。 

 

教育方法学分野の魅力は、教育学そのものの魅力とほぼイコールだと思っているし、その魅力は人によって見いだし方は異なる。自分自身は、「すべての子どもたちに等しい教育を」という思想や問いに具体的な研究活動を通して応えることができるのが教育方法学の魅力であったけれど、その魅力は他の人にはあてはまらないかもしれない。教育方法学は、哲学や思想、教育の歴史や比較、教育行政・制度の枠の中で、最終的には具体的な「教育方法」を提案するところに学問的な特質がある。この教育方法学の特質がどのような意味をもつのかを考えながら、是非、それぞれの見方から教育と教育方法学の魅力に触れてもらいたい。 

​研究者としての生き方

~研究、教育、政治の関連の中で ~

菊池 健太:

研究者としての吉田先生というテーマでお伺いしたいのですけれども、研究者として今後の「野望」のようなものがあれば、是非、お伺いしたいと思います。 

 

吉田 成章:

研究者として身を立てていく上での野心・野望とかいうのは、全くなくて。昔から「研究者」には大きな分岐点があると聞いてきた。よくいわれる、研究者として生きるか、教育者として生きるか、大学人という政治家として生きるか、という分岐点。研究者として自分の「研究」に専心する人生か、後進の研究者を育てたり、我々の分野だと教師や教育実践家を育てる「教育」に注力する人生か、政治家として生きる人生か、というね。前者二つはイメージはしやすいだろうけれど、「政治家として生きる」というメタファー(比喩)は、少し説明しておいたほうがよいように思う。 

 

いわゆる政治家として生きるというのは、大学内の役職に就いて、責任ある立場で大学(学部・研究科の学問な自治を前提として)という学問の場をどのように組織運営していくのかという重要な仕事を重視することになる。それを、「政治」的な仕事だと言ってきたのだと思う。「政治」って教育や研究とは距離があって、いわゆるなになに議員がやっているような仕事で、教育や研究とは一線を画す仕事だと考える向きもあると思う。でも、「政治」は教育にとっても重要であることは疑いの余地はないし、ある意味で「学校」も政治の一つの場であるとも言える。大学人として学問の場を「政治」的に考え、動き、実践していくことは、直接・間接に子どもたちの教育を変えていくことにもつながる。だから、政治家として生きることは、それはそれで尊い大事な仕事だと思う。 

 

自分の個人研究の進展よりも、どう目の前の学生・院生を育てるのかという「教育」に力を入れることも大事だと思うし、目の前の学生・院生の研究指導・教育に携われるのは「研究」をしっかりしている研究者にだけ与えられる特権・責任だと思うし、よりよい学問研究と教育の場をしつらえる「政治」の働きが機能してこその大学だとも思う。 

 

研究者と教育者と政治家という意味では、個人研究に重点を置いて身を立ててきた研究者としてのよちよち歩き(学部・大学院・助教時代)から、学生や院生のみなさんの教育にしだいに重点を置くようになってきたここ10年間の大学教員の経験を経て、文科省の定義する「若手研究者(42歳まで)」を過ぎて中堅に入ってきた今は、政治家というか、学部・研究科内や学内の色々な業務を少しずつ責任のある立場で担わせていただけるようになってきている、という人生遍歴だと思う。 

 

自分自身のスタンスは、あくまで研究者であり、中野先生の比喩的なフレーズでいえば「永遠の院生」でいたいと思うし、日本の教育方法学をリードできる研究を国内外で進めていきたいと思っている。学会発表や研究論文の執筆は当たり前のこととして、自分自身の教育方法学、特に「学習集団の授業づくり」という広島大学教育方法学研究室の特質を自分なりにまとめる研究の仕事をしていきたい。日本の教育方法学研究、広島大学の教育方法学研究の特徴やその意義・課題を明確にするには、国内の研究者との共同(学会などを通じた)はもちろんのこと、海外の研究者との共同(授業研究、Lesson Studyをテーマとした国際共同研究など)が欠かせないし、「教育」ということの真理探究には教育方法学以外の分野(教育学の各分野・領域や教育学以外の分野・領域)の研究者・実践家との共同が重要だと思う。例えば、「地域と学校」というテーマで、教育行財政学研究室の滝沢潤准教授や社会教育学研究室の松田弥花先生や教科教育学・心理学の研究者と共同で追究する共同研究にも取り組んでいるし、学校の先生方との連携や共同は日常的な営みでもある。こうした研究は、「野望」や「野心」というよりも、広島大学で研究をさせてもらっている立場として果たすべき当然の仕事であるし、それができる環境にいることに感謝して、(中野先生の薫陶の言葉に従って言えば)「おごらず、誠実に」研究を進めていきたい。こういう研究が、誰か一人の子どものためになっているという実感がもてれば……、という思いで研究者として生きていきたい。 

 

安藤 和久:

研究者や教育者から政治家としての仕事へと移行しつつあるということでしたが、周りの人からの働きかけからなのか、ご自身の立場がそうさせているのか、どうなのでしょうか。 

 

吉田 成章:

両方、だと思う。例えば、新聞記者さんに、教教でやっている研究活動を取材してもらった経験を例にしてみたいと思う。新聞記者さんのインタビューを受けて、研究活動の発信をするというのは、自分の見方では研究の一環なんだけど、なぜ自分がインタビューをうけることになったかというと、さまざまな「政治」的な配慮によることに気がつく。教育ヴィジョン研究センター(EVRI)を介した様々な人々との交流や、様々な調整の上で、一研究者のインタビュー記事が新聞紙に掲載されることに気がつく。 

 

こういうことができるのは、そういうことができやすい立場になってきたから、だとは思う。こういう言い方をすると、受け身のように映るだろうけど、でも、やっぱりもう一方では、きっとそうなりたくて主体的にそういう立場を手繰り寄せているのだと思う。そういう意味では、やりたいことに自分で手を伸ばしているともいえるのかもしれない。 

 

どうしても研究そのものの文脈が大きくなっていって、政治的な動きも必要になるし、そこの研究と政治が交錯する場に、院生である安藤さんにも立ち会って欲しいと声をかけると、それは院生への教育の一環にもなる。研究と政治と教育がすごく近いものになっていって、どれがどれだかわかんなくなる形になるんだろうと思うし、意図的にそうなるように仕組んでいるのだと思う。置かれている状況、立場もあるけど、やっぱり主体的に手繰り寄せているんだろうね。 

 

安藤 和久:

お話を聞いていると、研究と生き方が統一されているんだなと思いました。大学にいると授業よりも自分の研究をしたい、とか、政治的に動かざるをえないのが嫌だ、とか、たぶんそういう方もいらっしゃるんでしょうけど、吉田先生は研究者としての生き方として、研究を軸に教育や政治へとその取組を拡大させるから、自然に様々なことが研究の中にはいっていって、研究者としての生き方で統一されているんだろうな、と。それがいいことばっかりでもないんでしょうけど。 

 

吉田 成章:

それがたぶん、いまの個人的な悩みでもあるんだけど (笑)。 

 

「研究」を軸に、教育と政治をたぐり寄せるというか、連動させていくようにすると、どうしても研究活動そのものも共同的な営みになる。例えば、EVRIで取り組んだ、安藤さんにも関わってもらって支えてもらった「ポスト・コロナの学校教育」のセミナーの運営や著書刊行なんかが典型的だよね。それがすごく面白いし、意味のある研究だと思ってやっているけれど、「あれ?自分の個人研究はどうなってるんだろうか?」って(笑)。 

 

でも、誰かと一緒にやるほうが楽しいし、やりたくてやっている研究を一緒にやりたいと思う人と一緒にやって楽しくないわけがない。これが、うちの伝統でもある「学習集団」の原点だ、とも思っている。いろんな立場の人がいて、それぞれにいろんな関心があって、リードする人もいればフォローする人もいる、その立場がどんどん入れ替わっていくこともある。こういう営みが、学習集団づくりであるし、研究者の集団づくりも同じだと思う。 

 

やりたいことをやりたい人と一緒にやる、これまで話したこともなかった人と一緒にしてみると「あれ?この人こんなこと考えてたんだ」とわかって一緒にすることが楽しくなるし、もちろんその逆もある。こういう関わり方は、大好きなサッカーをサークルで長くやってきたこととも関わっていて、自分自身の肌感覚や生き方に合っているんだと思う。それぞれの立場で、それぞれが考える「研究」・「教育」・「政治」の姿があってしかるべきだし、研究者でなくとも同じように悩むのが人生だと思う。色々な人の交流の場の一つに、教育方法学研究がなれればよいなと思っています。 

多様な表現に触れること

安藤 和久:

話は変わるんですが、吉田先生って、映画とか演劇とか、そういうものを見る大切さを意外と色々な場面で伝えられていると思うんですけど、研究者の方々って、そういう芸術や文化の大切さを言われている印象がありますが、どうなんでしょうか。 

 

吉田 成章:

そうだと思う。こういうの、好きな人多いんよね、研究者の人たちは(一同笑)。 

 

学位論文を出版したときに、「はじめに」を『善き人のためのソナタ』(2006年ドイツ映画)のエピソードに触れて書いたんだけど、世界的なコメニウス研究者であり尊敬する教育方法学・教育思想史の研究者に、「吉田さんの学位論文読みましたよ。『はじめに』でのああいうエピソードの出し方、僕も好きなんです」って言っていただいたのが、とても印象に残っている。「東ドイツ教授学の歴史的評価」について論究した大部分にはノータッチで、ピンポイントでこの点にだけ言及されるというね(笑)。それは、研究者としてバカにされているということではまったくなくて、むしろ尊敬していただいている証拠で、「なぜ、どういうスタンスで東ドイツ教授学の研究を吉田さんがしてきたのか、少しわかった気がします」という温かいお言葉がけだったんじゃないかと思って、とても嬉しかった。都合のよい補正と美談化が強く作用しているかもしれないけれど(笑)。 

 

「研究」っていうと、白衣を着た「博士」が実験室でフラスコを振っているイメージがどうしてもつきまとうけれど、たとえ実験室で行われている研究であっても、我々のような教育学分野の研究であっても、結局は人と人との交流の中でしか育まれないので、文学や映画を含めた芸術や文化といった人間の営みに触れながら研究の交流をするっていうのは、フツーのことなんだろうね。 

 

安藤 和久:

僕はそういうのから遠いので、意識的に見るようにしています。 

 

吉田 成章:

意識的にでもいいだろうし、趣味的にでもいいだろうし、そもそも映画である必要はないからね。芸術でも、本でも、いまだったらYou Tubeとかでもいいのかな。 

 

安藤 和久:

芸術とか、文化系に明るい先生方が多いので、教育だけじゃないんだなあって、思いましたね。 

 

吉田 成章:

人間とか社会とか自然を描いてるもの、すべてでいいと思うんだよね。媒体がYou Tubeなのかテレビなのか本なのか、映画なのか、それはあくまで表現方法だし、媒体が違うだけだから、どんな媒体を介しているのか自体はどうでもいいと思う。多様な表現に触れることで、対象(この場合は「教育」)を多様に表現できるようにもなるんだと思う。 

教教への進学を考えている人、教教に興味・関心がある人へ 

安藤 和久・菊池 健太:

最後に、教教への進学を考えている人や、教育や教教に興味や関心をもっている方へ、メッセージをお願いいたします。 

吉田 成章:

「教育」への関心を深めていきたい人には、教教は世界で最も魅力ある場所だ、というメッセージを送りたいと思います。学生として、研究生として、大学院生として、多様な教教への関わり方があると思います。まずは、このホームページをご覧いただいて、関心に応じた「一歩」(オープンキャンパスにきてみる、連絡をとってみる、本や論文を読んでみる、他大学や他の専攻との違いやそれぞれの特色を考えてみる、など)を歩んでもらえればと思います。 

 

その上で、教育方法学があるから教教が魅力的であると思った、といってもらえるように、教育方法学の研究・教育に向き合いたいと思います。関心を持った方は、是非、教教、そして教育方法学の門戸をたたいてみてください。 

bottom of page